出産の記録その3

ほとんど眠れないまま朝が来て、診察。子宮口は2cm。昨日より開いてる。でもまだ2cm。「うーん、出てきたくないのかなあ?」って今日になっても言われてるわが子よ、早く出ておいで。
赤ちゃんは元気ですよ、と言われて安心するも、昨日の破水のせいで羊水が濁って来ていると告げられた。陣痛促進剤を投与することになった。

促進剤を投与し始めてすぐにガーンって痛みが襲ってきた。今までとは桁違いって言うか、声出すのもつらい。痛みで絶叫する妊婦さんの話とか聞いてたけど、そんなの無理だよ。すごく痛すぎて声なんて出せないよ。
そして事件が起こる。
NSTをつけることになって、機械がつけやすい姿勢になって待ってた。陣痛を我慢するにはちょっとしんどい姿勢。やってきた助産師さんはご自分の楽な姿勢をとってくださいと言う。でも今の姿勢の方がNSTつけやすいと思いますよ、と返したら、大丈夫ですよそれより楽な姿勢が一番ですよとにっこり。それではと痛みをこらえて楽な姿勢に(そんなのないとも言えるけど。)体の向きを変えて待っていたら、うまく機械が装着できないみたいでなんだかぶつぶつ言っている。そして姿勢を変えろという。元の姿勢に戻れと言う。楽な姿勢になれって言うから無理したのに!て言うかこの間に陣痛どんどんきつくなってて、今すごく痛いから無理です、と抵抗したら「お言葉ですが…。」とか何とか文句を言ってくる助産師さん。だから今は無理っていうかそもそもNSTつけやすい姿勢はこっちですよってわたしちゃんと言ったのにー!自分で他の姿勢になれって言っといてさっきの姿勢の方がいいとかってアホかー!と心の中で叫ぶわたし。口には出さない。いや出してないと思う。多分。覚えてないけど。「チェンジ」とか言った気がしないでもないけど。でも「あなたいやです…。」とは確実に言った気がする。て言うか「チェンジ」も言った気がする。
結局担当の助産師さんは交代した。(夫がものすごく怒っていて、後でナースステーションまで抗議に行ってくれた。)

そしてわたしの記憶はここから途切れがちになる。多分防衛本能が働いたんだと思う。入院してから50時間近く、ほとんどまともに眠ってないのもあると思うけど、それにしてもあんな眠気はおかしい。陣痛が来た時以外は完全に眠り込んでいたし、陣痛の時も眠くてふらっふら。すっごい痛いはずなのに眠くて眠くてわけがわからないんだもの。痛いよりも怖いって思ってたし。

一番印象的な陣痛の記憶。
ものすごく痛くて、夫が痛み逃しに股間を押してくれるのだけれども、子供はもう降りてきてるから夫が押す度に夫の手が子供の頭に当たるのがわかる。夫はすごい力で押してるから、子供が壊れてしまうんじゃないかと心配になる。でも押してもらわないと痛みを我慢できない。そのうち夫が限界に来て、助産師さんに交代したら、そんなに力は加わってない感じなんだけど痛みはすいすい引いていく。夫が押し始めたら、やっぱりすごい力。怖い。助産師さんに押してもらって、とお願いした。子供の頭がつぶれると本気で思ったから。

促進剤を投与してから3時間ほどで子宮口がほぼ全開になって、分娩室へ移動することになった。もうこの時はふらふら。一人で歩けないから助産師さんの肩を借りて歩く。ほんの数メートルの距離なのにとても長い気がした。
分娩室に入ったらもうおしまい、というか3回くらいいきんだら産まれると思っていたので(コンドウアキさんの『トリペと』ではそうだった)いざ分娩室でいきむ段になって「子宮口、あと少しだけ開いてないからまずはそこを開くことから始めましょう。」と言われて唖然とした。とは言えそこをクリアしないと子供も産まれないからがんばらないといけない。そして結局のところいきむことに変わりはないのでがんばっていきむ。
いきむ時、足を乗せた台に対してけりを入れるような気持ちで、でも腰は落としたまま、呼吸は止めないで、と言うのが難しくてわけがわからなくなる。あと眠い。

やがて子宮口が全開になって、さあもうすぐですよ!と言われたけれど、もうわたしはふらふら。実は足に力が入らなくなってる。心の底では「休みたい…。寝たい…。」と思ってた。でも、そういうわけにはいかないし、いきむ度に下りて来るのがわかる。そしてそれがすごく怖い。痛いとは思わなかった。ひたすら怖かった。怖い、と何度も繰り返してた。あまりにも怖くて、分娩台についてるレバーじゃなくて看護学校の先生の手を握らせてもらった。(看護学校の先生にはすごく救われたな…。)

何度かいきむうちに子供が下りて来るのがリアルに感じられるようになって眠気が飛んだ。ともかく体の力全部を使っていきんでた。助産師さんたちがわたしのいきみ方を誉めてくれてるから、それを支えにいきんでた。でもまだ時間がかかるみたい。正直しんどい。そんな時に、実習生ちゃんが「お母さんも赤ちゃんもがんばってますよ!」と何度も言ってくる。もー!そんなの知ってる!ってカチンときてつい「ごめんちょっと黙って。」と言ってしまう。はっとする実習生ちゃん。その表情を見て申し訳なくなって、とりあえず実習生ちゃんの手を握らせてもらった。

もういきむの無理…と思い始めた頃、「赤ちゃん一番苦しいところ過ぎたよーもうすぐだよー。」と言われて奮起した。がんばるだよわたしは。何度か繰り返しいきんで、「頭見えてきたからもうすぐだよー。」と言われる。確かに何か挟まってる感じがする。足元に産科の先生がやってくる。会陰切開の準備だって。切開?切る?いいけど痛いの?痛いの怖いよ!と一瞬でパニックになったわたしは「麻酔は?」と叫んでいた。先生が苦笑しながら「してもいいですよ。」と言ってくれたので「お願いします!」ともう一度叫んだ。
麻酔を打たれたみたいなんだけど、よくわからなかった。

「じゃあ次で赤ちゃん出ますよー。」と言われてふんぬー!って思いっきりいきんだらバチン!ってすごい音がした。そしてぬるるるるって出てきた赤ん坊。あ、と思ったら赤ん坊は向こうに連れられていく。視界の端っこに赤ん坊のおしりが見えた。泣き声も聞こえてきた。
わたしは先生と実習生ちゃんとその場に残された。赤ちゃんは?と尋ねたら、胎便をしていたので急いで処置しないといけないのよと言われた。なるほど。

わたしが見た赤ん坊の姿はおしりだけなんだけど、おしりの隅っこに真っ白いものがついていたような気がした。あれは何?わたしの子供、ひょっとして白い毛がたくさん生えてるの?と不安になって実習生ちゃんに確認してみたら、「あれはタオルですよ。」と微笑んでくれた。ほっとした。ついでに、分娩中に彼女に言った言葉について謝っておいた。微笑んでくれた。今度は彼女から「あんなに冷静にお産されてたのに、どうして会陰切開の時だけ取り乱したのですか。」と聞かれた。「怖かったからですよ。」と答えた。笑われた。
分娩室の向こうからは赤ん坊の泣き声と、すごく楽しそうな声が聞こえてくる。わたしは切られた会陰をちくちく縫われながら少しさびしい。さびしいので先生と雑談。「先生は何人くらいとりあげたんですか?」とか。(300人くらいだって。)出てきた時より今縫われてる方が痛いですと言って笑われた。

やがて赤ん坊が連れられて来た。わたしの赤ちゃん。なんてかわいい…油すまし。
生まれたての赤ちゃんはおさるにそっくりとかよく聞くけど、わたしの赤ちゃん油すましにそっくりです。

でもすごくかわいい。本当にかわいい。
カンガルーケアしながら、べたべた赤ん坊に触ってみる。ちいさい。でもちゃんと生きてて、おっぱい飲んでる。
すごくかわいいけど、もう疲れすぎててよくわからない。夫も呆然としてる。だってここまで55時間かかったんだものね。
不思議な気持ち。すごくすごく不思議な気持ち。
わたしの赤ちゃん。
50.5cm。3315g。
わたしの赤ちゃん。

病室に帰ることになって、普通よりかなり多く出血したことを告げられた。だから点滴もたくさんしますって。歩くのも危険だから車椅子だって。
分娩室に入ったのはお昼前だったのに、もう夕方になってた。
ベッドに座ってぼんやりしてたら、夫がこっちを見てた。夫の向こうに窓があって、窓から光が差し込んでて、逆光の中で夫が微笑んでた。
あ、子供産まれたんだなってその時実感した。嬉しかった。涙が出た。子供が産まれた時は出なかったのに。
夫の腕の中で、泣いた。